鏡の前で装束を整え、白頭をつけて出を待つシテの、緊張の一瞬を描く。モデルは喜多六平太。皇居新宮殿に壁画≪石橋≫を描くために。赤頭をつけて乱序を舞うその姿をスケッチしたあと、偶然目にした檜板の淡紅色の清らかな美しさに触発されて、本図は構想されたという。そのためか≪石橋≫の豪華絢爛たる桃山趣味とは趣を異にし、金銀泥に淡彩を用いた、華やかさのなかにも抑えの効いた色調と、簡素流麗な絵描によって、演者の品格ある姿とその変幻自在で切れ味鋭い、理性的芸風までが伝えられている。一方、シテのピタリと止まった隙のないポーズや、人物を右端にぐっと片寄せ、背後に思いっきって広く空間を設定し、今まさに歩みだそうとするシテの動をはらんだ静止の瞬間をみごとにとらえた機知的構成には、青邨の練達した技巧の冴えが認められる。
能楽界の名人六平太と日本画界の名匠青邨の、芸と技の気合いの入った競演が、この絵の緊張感をいっそう高めたものといえよう。