佐伯は天才でも技巧派でもない。パリ市内の左岸、イル・ド・フランスでの写生現場に立ってみると、なんの変哲もない建物や街並みに向かって描いたことが分かる。ただ、屋外の道に面したしつらえに対し、屋内の暗部、あるいはそのつなぎとしての、窓やブラインド、入り口の扉に、人間の息づく内部とのドラマを託している。その壁の中に、パリの刻まれた歴史の深さを読み取り、画家の表現で剥ぎとるように描いた。
2度目のパリでは、多質の線の駆使が始まり、≪リュクサンブール公園≫のマロニエの幹の墨書の表現と空間表現に成功を見せ、≪カフェ・レストラン≫の無人の椅子の線の質と擬人化、さらに、新発見の≪パリ風景≫のように、1度目とは比較にならぬ大きなパリの硬質な空間が表現できるようになっていった。